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「俺は歪んでるんだ。何でも買ってもらって、学校にも行かせてもらって、こずかいももらってる。
おいしいご飯を食べて、女の子と遊んで、快適なベッドでよく眠る。
それでもちっとも幸せだなんて思わない。なぜだかは知らない。
どうしようもない。」

「満たされすぎてるってことでしょ。
じゃあ、一人暮らしでもしてゼロからはじめればいいじゃん。
あんたんち金持ちなんだから、それくらいできるでしょ。」

「そう思うよな、普通。でも一度甘い汁を吸った人間はわざわざ、汚ねえどぶに浸かろうなんて思わないし、
そんなこと俺にはできない。シー(C)、エイ(A)、エヌ(N)、アポストロフィー(apostrophe)、ティー(T)。CAN'Tキャントゥ(できない)。

俺はもう腐ってる。生きようって根性がない。

それによ、俺の両親がそうさせないさ。きっと精神科に連れて行くと思うね。

この子ちょっと変なんです、やる気がないんですってね。医者は訊く、

『どうしてやる気が起きないの?何に不満なの?』って。

俺はきっと何も答えられない。だって理由がないから。そして医者は言う、

『ここに実のなる木を描いてください』って。

俺はその心理テストを推理する。きっと実が小さすぎてもダメだし、大きすぎてもダメだ。

だから俺はバランスのいい中くらいの実を描く。

そしたら医者は訊く、『この実は何色でどんな味がする?』って。

俺はまた考える。けれど今度は本当のことを言う、色はない、何の味もしないって。

最後に医者は言う、『君の心は空っぽだ』って。

そんなこと言われなくたって分かってる。
俺の心は空っぽだ。何にもない。俺はただ人間の姿をした亡霊だ。」

彼の口調は次第に激しくなってきた。

「でも七瀬には魅力があると思う。話すこと面白いし、頭の回転速いし。他の人より優れているって思わないの?」

「いいか、人と比べたって意味がない。

そうだな。例えば、みんなから天才と呼ばれる頭脳明晰な少年がいる。
少年はいつか政治のトップにたって世界に平和をもたらしたいという野望をもって毎日勉強している。

その一方で、毎日ラムネに入ってるビー玉ばかり集めているおやじがいる。

働いた金は全部ラムネを買うのにつぎ込んで、いつかそのビー玉で部屋中をビー玉だらけにしたいと願っている。

どっちが人生の価値が高そうか?」

「その天才少年でしょ。みんなの役に立つんだから。」

「そうかな。俺は同じだと思う。みんなの役に立つか立たないかは生きる上で重要か?

役に立たない奴の価値は無いのか?頭がいいとか悪いとかそんなこと関係あんのか?

俺が思うに、人生に目標があってそれに向かって生きていれば価値なんて同じなんじゃないかな。その目標がすごかろうがどうかなんて関係ないと思うね。そういうこと。だから俺は優越感なんて微塵も感じてないし、誰かが羨ましいなんて思ったことはない。」
「でもやっぱりその天才のほうが良いと思う。」
「なんで?じゃあ、これはどうだ。お前はその天才少年とビー玉のおやじと一緒に気球に乗っている。

なんらかの支障が起きて気球が傾き始めた。このまま三人で乗っていたら墜落してしまうと、少年が言う。

誰か犠牲になってここから降りようってね。

それでお前以外の二人は言うんだ。マリアはかわいいから残っていいよって。

なんともありがたいことだ。

それでお前が天才少年かビー玉のおやじかどちらか残るほうを決めなければいけない。

こんな状況でお前はどっちを選ぶ?」

私はしばらく考えた。あまりに非現実的な話なので困惑し、なかなかいい答えが見つからない。